杉山和一ゆかりの地を訪ねる
江戸前期の鍼医。幼くして失明し鍼医を志すようになる。鍼術を山瀬琢一に学ぶが、才能が認められず破門されたために奮起して京都へ修行に出かけた。その途中、江の島弁天に詣で、断食をし満願の夜、大きな石に躓きその時、松の葉と竹の筒を手にしていた。そこからヒントを得て、鍼管を考案したといわれている。和一は、第5代将軍綱吉の病を治療し、信頼され本所一つ目と禄500石を拝領される。綱吉の命を受け鍼治療講習所を設け、門下を教育しました。関東総録検校となり、関八州の当道座を統轄しました。 本所一つ目は、現在江島神社となっています。お墓は、江の島と両国の近くにあります。